じゃっきーとふしぎのくに



3 どんどん、わくわく



 煉瓦の道は、ずうっと遠くまで伸びています。
 じゃっきーとレイはおでこに手をつけて、できるだけ遠くの方を見てみました。うねうねと所々曲がっている道の先っぽは、地平線に消えています。
 「・・・どれくらい歩くのかな」
 「はやくかえいたいね」
 「うん」
 二人は顔を見合わせると、止めていた足をまた動かしたのでした。

 道の先に何があるのか、誰がいるのか―――どうしたら帰りたい場所へ戻れるのか、分からないまま。





 てくてく、歩きながら、二人はだんだんお話ができるようになりました。
 レイはジャッキーよりもちょっとだけお兄さんのようですが、そんなことは気になりません。
 ジャッキーはちょっぴりドキドキしつつも、聞いてみることにしました。
 「あのね、」
 「なぁに?」
 「じゃっきーとね、…おともだちになってくえゆ?」
 するとレイは蒼い目をぱちくりとして、ジャッキーを見つめました。
 ジャッキーが緊張したまま待っていると、レイはだんだん頬を赤くして、それから小さく頷きました。
 「うん…いいよ」
 「ホント!?やったぁ!」
 「僕もうれしいな」
 「じゃっきーね、じゃっきーくやいのおともだち、いないかや、ほしかったの」
 「僕も…まわりは大人ばっかりだった」
 「えへへ…じゃっきーとれい、にてゆね」
 「そうだね」
 何だか照れくさいけれど、でも本当に、二人とも嬉しいのです。
 晴れてお友達になれたので、じゃっきーはレイと手をつなぎました。レイもぎゅうっと手を握り返してくれます。
 これなら、お友達と一緒なら、遠くまでだって歩いて行けそうです。





 子どもの歩幅でも、一時間も歩けば距離は短くありません。
 好きなものや嫌いなもの、ノイマンさんやギルバートさんのこと、宝物のこと―――道すがら色んな事を話しながらの二人は、森の入り口に辿り着きました。
 少し前から背の高い木が増えてきてはいたのですが、煉瓦の道は、ひときわ深く生い茂る森の中へと続いています。
 森の奥の方は暗くて、思わず入り口で立ち止まってしまいました。
 「こっち…だよね?」
 「うん…道がつながってるから…」
 進むべき方向は分かっているのですが、なかなか踏み出せないのは―――口には出しませんが、二人とも多少なりとも怖いからです。
 ましてや戦艦育ちのジャッキーは、大きすぎる自然に馴染みがなく、いったいこの森の中がどうなっているのか、さっぱり想像できません。
 互いにつないだ手に力がこもります。
 と―――

 「あっ」

 ジャッキーが声をあげました。
 レイが横を向くと、ジャッキーは口を開けたまま森の奥を見つめています。
 「どうしたの?」
 「じゃっきーのかしゃ!」
 「かさ?」
 何のことかとレイも森の方を見ると、真っ直ぐな大木の幹の間に、ちらりと黄色いものが見えました。ゆらゆらしてたり、くるくる回っているようにも見えます。
 そういえば、ジャッキーは傘を差したまま飛ばされてきたんでしたっけ。そして、目が覚めた時には、あのお気に入りの傘は見当たらなかった・・・
 「のいまんしゃんがかってくえたかしゃなの、だいじなの!」
 そう言ってジャッキーは―――手をつないだまま―――走り出しました。
 「あっ、ジャッキーってば」
 当然引きずられたレイは、すぐに自分のペースを取り戻して、一緒に走ります。

 ゆらゆら、くるくるしている黄色いパラソル…向こうは移動していないのでしょう、レイにもすぐにそれが「黄色い傘」なのが分かりました。
 薄暗くてじめじめしているばかりと思っていましたが、そこはぽっかりと開けていて、柔らかそうな下生えと木漏れ日で、案外と明るい空間でした。何本か切り倒されたあとの切り株があり、その内の一つの上に傘が―――いいえ、誰かが背中を向けて座っていて、その誰かが傘を差してくるくる回しているようです。
 「じゃっきーのかしゃ〜!」
 全力で走ったので上がった息をつきながら、ジャッキーが指差しました。すると、傘を差している誰かが、ゆっくりと振り返りました。
 どこかぽんやりとした、女の子。水色のワンピースを着ていて、素足のまま切り株に腰掛けています。ゆるいウェーブで短い金髪ですが、レイとは違って目は紫色です。
 眠たそうに首を傾げたその女の子は、ジャッキーとレイを認めたのかどうか怪しい様子で、ぼうっとしています。
 じれったくなったジャッキーが、「傘を返して」と言おうと、口を開きかけた時―――

 「なんだ、お前ら」

 突然その場に、もう二人現れました。さっきまでは確かに女の子しかいなかったのに、一体いつの間に?
 女の子と同じように、切り株の上に男の子が二人。
 一人は薄い緑色の髪の毛で、明らかにジャッキーとレイよりも年上です。
 もう一人は、やんちゃそうな性格が現れたかのように跳ねた水色の髪の毛をした男の子です。両足を広げて切り株を跨ぎ、体の前に両手をついて身を乗り出しています。
 「おいステラ、こいつら誰だよ」
 ステラと呼ばれた女の子は、傘をくるりと一回転させて、首を振りました。
 「知らない」
 「知らないってお前な」
 「だってステラ、知らないもん。スティングは?」
 「俺もアウルも知らないから聞いてるんだろが」
 どうやら、一番年長らしい彼がスティング、もう一人がアウルという名前のようです。


 スティングが鋭い眼差しでこちらを見据えてきました。
 「んで?お前らどっから来たんだよ」
 「えっ…あ、あーくえんじぇゆ…」
 「あーくえんじぇゆ?どこだそりゃ?・・・まあいいや。ココに何の用だ」
 「あの、そえ…じゃっきーのかしゃだかや、かえしてくだしゃい」
 どぎまぎしながら、ジャッキーは訴えました。結局まだまともに使った事のない、大事な傘なのです。よく見ると持ち手のところにジャッキーの名前の書いてあるプレートがぶら下がっていますから、もう間違いありません。
 ふとジャッキーは、レイがずっと手を離さないでしっかりと握ってくれている事に気がつきました。振り返ると、レイも緊張した面持ちで、でも勇気付けるように頷いてくれました。
 スティングはじろじろとジャッキー達を睨んでいましたが、ステラが回している傘と見比べて、何故か溜息をつきました。
 「―――また拾ったのか、ステラ」
 「木に引っかかってたんだよ。盗んだんじゃないもん。かわいいでしょ」
 「そこのチビが落としたんだろ。返してやれよ」
 「やだー!ステラが見つけたんだもん、ステラのだもん!」
 「ステラ」
 「やーだー!」
 ステラがぎゅうっと傘を握り締めました。どうやら随分気に入っているみたいです。でもジャッキーだって譲れません。

 「こうなるとステラは強情っぱりだよね」
 愉快そうに肩で笑いながら、アウルが口を挟んできました。
 「そーだ、スティング」
 「あ?」
 「僕もイイもの拾ったんだよ、見てよー」
 そう言ってアウルは、懐からごそごそと何かを引っ張り出しました。
 それを見て―――今度はレイが指差す番でした。

 「僕のだ!」

 スティングに見せようとアウルが広げたのは―――そう、レイが飛ばされた時に羽織っていた、ケープでした。
 「はあ〜?これ女物じゃないの?」
 「…ギルが買ってくれたの、だから…」
 どうしてそれが理由になるのかはともかくとして、レイの大事なものなのは確かです。
 「なんだ、ステラにくれよーかと思ったのに」
 「ステラにくれるの?それもかわいい!」
 「お前は人の話をちゃんと聞けよ」
 三人組はぎゃいぎゃいと言い合いを始めてしまいました。
 蚊帳の外になってしまったジャッキーとレイは、大声を揃えました。

 『ねえ、かえして!』

 「・・・・・」
 ステラとアウルは、それぞれアイテムを抱え込んでしまいました。どうやらすんなり返してはくれなさそうです…。
 一同の様子を眺め、スティングがはあ〜っと大きな溜息をつきました。
 「ったく、めんどくせーな…じゃあ、こうしろよ」


 「俺たちが出す問題に答えられたら、返してやる」


 文句言うなよお前ら、とスティングがアウルとステラに言い渡し、挑戦的にジャッキー達に立ちはだかりました。
 「さ、どうする?嫌だったら別にいいんだぜ、ただしコイツらは、ステラとアウルのもんにさせてもらうけど」
 「問題って…なぞなぞってこと?」
 「ま、そうとも言うな」
 ジャッキーとレイは顔を見合わせました。

 なぞなぞは、どんなものなんだろう?
 難しいのかな?
 でも、正解を言わないと、大事な傘とケープは返してもらえない―――

 「れい、がんばってかんがえようよ」
 「ジャッキー…そうだね、二人で考えたら、分かるかもしれないよね」

 「意見が決まったようだな。んじゃ―――



 木の枝に座ったあの子
 木の枝から落っこちたあの子
 一人では戻れない
 みんな集まっても戻せない
 もう二度とあの子は戻らない



 さあ、あの子とは何か?」



 精々ゆっくり考えてみろよ、とスティングは不敵に笑いました。ジャッキーたちに解けるはずがない、とでも思っているのでしょうか。

 さて、ジャッキーとレイは、空いている切り株に腰かけて、考え始めました。


 れい、わかゆ?
 ううん…なんだろう
 えっと…きのうえに、のぼって、おっこったんだよね
 それで、戻りたくても戻れない…
 じゃっきーもひとりじゃあ、きにのぼえないよ、きっと
 高い木だと大変だもんね
 じゃあ、おっきなきだかや、いっぱいおてつだいしてあげても、のぼえないのかな?
 うーん…でもそれじゃあ、最初から登れないんじゃないかなぁ
 ???・・・あ、そっか・・・


 うんうん、二人で頭を捻ってみましたが、さっぱり分かりません。
 ジャッキーの頭の中には、木から落っこちて戻れず、膝を擦りむいて泣いている男の子がいるばかり。

 「降参するなら言えよな」
 アウルが小バカにしたように言うので、レイは眉を寄せてむっとした表情になりました。
 ジャッキーはといえば、考えるのに精一杯で、アウルの言うことなど聴こえていないのでした。

 「みんなって、だえかなあ…おともだちとかかなぁ」
 「お父さんとかお母さんかも―――ん?」
 何気なく疑問を口にしただけだったのですが、ジャッキーのその一言に何が引っかかったのか、レイが顎に手をやって考え込みました。
 「れいー?」
 「ちょっと待って…ねえジャッキー、みんな、ってことは、人間とかそういう…生きもののことだよね」
 「?」
 「でも問題は、あの子とは何か、って言ってた。例えばだよ、僕がジャッキーを呼ぶのに、何かとは言わないよね」
 「・・・うん?」
 「えっと…お菓子が欲しいときに、何かちょうだいって言うのは変じゃないけど、誰かと遊びたいときに、何かと遊ぼうとか言わないでしょ?誰かと遊ぼう、って言うでしょ?」
 レイの説明に、ジャッキーは一生懸命ついていこうとしました。
 そう言われてみると、人間を指すときには『何か』ではなく、『誰か』と表現するものです。

 ぽかん、としているジャッキーの隣で、レイの思考はフル回転していました。
 「ということは…あの子とは何か…何か、が人間じゃなくて物ってこと…」
 「―――れい、こたえ、わかったの?」
 「ジャッキー、もし木の枝の上に置いたら落っこちてしまう物で、落ちて壊れたりしたらもう誰にも直せない物、ってなんだろう」
 「え?」
 聞かれて、ジャッキーは思いつくままに想像してみました。

 黒いわんわんのぬいぐるみ―――落ちても、壊れるということはなさそうです。それにもしほつれたりしても、器用なミリアリアちゃんが直してくれるでしょう。
 大事な大事な宝箱―――でもあれは四角いから、そうっと置けば落っこちないかな?落ちても蓋が開かなければ中身は大丈夫でしょう。
 大好物のプリン―――高いところから落としてしまったら、ぐちゃぐちゃになります(ジャッキーは実際、テーブルから落としてしまったことがあります)。そうなってしまったら、元通りにお皿の上には戻せない・・・

 「うーんと、じゃっきーぷいんしゅきだけど、ぷいんはおったったや、ぐちゃぐちゃになっちゃうし、やわかいかや、そのまんまはもどせない…とおもう」
 「プリンか…プリン…―――分かった!」

 急にレイが立ち上がり、三人組に向き直りました。
 「答え、出たよ」
 「へえ…じゃあ、言ってみろよ。言っとくが、チャンスは一度だぜ。間違えたらやり直しはなしだ」
 「―――うん」
 結局答えの良く分からないままのジャッキーは、レイを縋るように見つめます。


 「答えは―――卵」


 卵・・・

 木の枝に座ったあの子
 木の枝から落っこちたあの子
 一人では戻れない
 みんな集まっても戻せない
 もう二度とあの子は戻らない


 さあ、『あの子』とは何か?



 卵は丸いから、例え広いテーブルの上に置いたとしても、転がってしまいます。
 卵は丸いから、細い木の枝なんかに置いたら、すぐに落ちてしまうでしょう。
 そうして、落ちて地面にぶつかれば、卵は割れてしまいます。
 割れてしまった卵は、どんなに大勢で頑張ったって、魔法でも使わない限り、元通りに直すことはできないでしょう・・・



 「違う?」
 レイには自信があったらしく、堂々とスティングに向かって言いました。
 しばらく黙っていたスティングでしたが、やがて「ふん」と呟くと、半ば無理矢理ステラから傘を、アウルからケープを取り上げ、ジャッキーたちの方へ投げてよこしました。
 「正解だ。・・・持ってけよ。そんで、さっさとこの森から出てけ」
 彼自身は別に傘にもケープにも未練はないのでしょうが、正解を言われて面白くないのでしょう。不機嫌そうにそっぽを向きました。





 こうして無事傘とケープを取り戻した二人でしたが―――不貞腐れているアウルや今にも泣きそうなステラを無視して先に進むには、いささか優しすぎました。


 「スティングなんて、大嫌い!」
 「おい…しょうがねえだろ、約束なんだから」
 「スティングが勝手に約束しちゃったんじゃない!」

 ついにステラは泣き出してしまい、それを宥めようとするスティング、相変わらずむすっとしているアウル―――見ていたジャッキーは、ふと思い出して、そばに置いておいたバスケットを開きました。
 クルーゼさんが持たせてくれたビスケットとミルクは、まだ手付かずです。
 「あのね、このかしゃね、じゃっきーのだいじなの…じゃっきーがびゅーんてしてるときになくしちゃったんだけど、すてあ…ちゃんがひよってくえてよかったなあって」
 「・・・・・」
 「えっと…だかやね、かしゃはあげやんないけど…こえ、あげゆ」
 ジャッキーはビスケットの包みを開いて、ステラに差し出しました。
 頬に涙を一粒くっつけたまま、それでもステラはいい匂いに反応して手を伸ばしました。
 さくさく、と音を立てて一枚頬張ったステラ。すぐに笑顔になりました。
 「おいしい・・・」
 「ステラばっかずるい!俺も食べる!」
 現金に、アウルも近寄ってきてさっとビスケットを数枚持っていきました。ジャッキーが両手に持っている開いた包み紙の上には、まだ数枚あります。
 それを、そっくりそのまま、スティングにあげるジャッキー。
 「…おう、何か悪いな」
 「なじょなじょ、たのしかったよ!」
 「そ、そうか」
 スティングは一枚だけ食べて、残りはアウルとステラに分けてあげるみたいです。


 ビスケットは水分を吸収してしまいますからね。むせたアウルに、ミルクの瓶も一本あげて、二人は再び煉瓦の道を進む事にしました。











ねくすと→ 「すいすい、ぐんぐん


 作中のなぞなぞは、もちろんかの有名なアレです。そのまんまだと浮くので、勝手に変えましたが…本当は、英語としての意味がカギになってますから、台無しにしてしまったかもなあ〜とちょっと弱気。雰囲気だけ感じていただければ…。

 2006/5/26 雪里