「いつまで恋に恋しているつもりなの、ナタル」 ―――母親の言葉は、胸を抉った。 薄々分かっていた…誰に押し付けられるのでもない、自分の目と心で、運命感じる異性に出会うまで…なんて。 現実には、白馬に乗った王子様なんて居やしない。 出会った瞬間に想いが通じ合うなんて幻想。 常に理性的であれと育てられたこの性格は、そんな事は当然と分かっていたけれど…心の片隅で「もしかしたら」という思いが捨てきれず早何年。 例えば自分がごく普通の一般家庭だったら、親とてこうも煩く言わなかったかもしれない。 でも、自分は両親の間に生まれた一人っ子で。家柄だとかいううざったいものを背負う運命が決まってて。 十代後半から親は見合いを持ってくるようになり、学生時代はそれでも「まだ学生だから」という言い訳ができた。社会人になってからは「まだ新人だから」と言い逃れできた。でも…そろそろ、それも通用しない歳になっていた。 「もう分かりましたから母上、その話はまた明日にしてください」 「ナタル!」 母の追随を振り切って、階上の自室へ駆け込む。内側から鍵をかけ、ベッドに飛び込んだ。 「はあ・・・」 しばらく枕に顔を伏せていたナタルは、のろのろと身を起こし、サイドテーブルの引き出しから一冊のノートを取り出した。小さな鍵のついたそれは、彼女が物心ついたときからつけ続けている日記帳だ。既に何冊目だろう。 ベッドの上で座ったまま、ぱらぱらと日記を捲る。今つけている日記帳は、ここ一年ほどのものだ。大概仕事上の出来事が記してある。 すぐにそれを閉じると、今度は別の引き出しからもっと古い日記帳を取り出した。 開かずとも分かる…一番懐かしくて甘酸っぱくて…恥ずかしい、高校から大学にかけてのものだ。 数日飛ばしに日記を捲りながら、ナタルは毎日が楽しかった大学時代を邂逅する。あの頃が多分最も、「ただのナタル・バジルール」だった。誰も気を遣わないで接してくれたし、自分もよく羽目を外した…当然の帰結として、親に怒られる頻度も高かった。 「結局…恋だったのかな、」 特定の人物を示す記述がやけに気恥ずかしく、そのページはついつい飛ばしてしまう。 「恋なのか分かってない辺り、母上の言う通りなのかもしれない…」 自嘲気味な溜め息が零れ、彼女の手は日記帳を閉じた。 「もし恋だったとしても、片想いというヤツだな…相手はもう結婚してしまったのだから」 日記帳を膝上に乗せたまま、ナタルは壁に背を預けた。目を閉じる。 学部は違えど同期・同い年で、同じ部活で部長副部長を務めて…周囲からは何度「二人付き合ってるの?」と聞かれた事だろう。その度に笑って否定したものだ。多分それは、相手も同じ。互いにその話をして笑ったくらいだ―――いや、もしかしたら。 もしもあの頃…何かの弾みで、 「・・・未練がましいぞ、ナタル」 ふるふると頭を振るが、幻影は消えない。 よりによってその相手は、今現在会社の同僚でもあるのだ。おまけに意中の相手を見事射止めて、顔を合わせれば妻自慢をされる。 ちくちくと小さいのに消え去ってくれない、胸の痛み。 こんな心を抱えて見合いをしろだって? 親とは時に残酷な仕打ちをしてくれる。しかし本人達は、子どもの幸せの為だと信じて疑わない。 先日同僚と交わした会話を思い出す。 『いっそ割り切って見合いしてしまったらどうです?』 親もうんざりするくらいの態度をとれば、もう見合い写真など用意してこなくなるだろうか。―――無理だ。そんな『態度』が思いつかない程度には、ナタルは上品に育ってしまった。 …そうだ、回数を重ねれば何とかならないだろうか。何回見合いをさせられても、断り続ければ…そのうち親だって諦めてくれないだろうか。 「…不毛だ…」 どうにもこうにも暗い方にしかいかない己の思考に、ナタルはより一層落ち込むのだった。 勿忘草 数日後。 うっかり昼の弁当を忘れてきたナタルは、久し振りに社員食堂に足を運んだ。ちょうどのランチタイムで賑わっている食堂内で、席を探すべく見回すと。 「今日も親と喧嘩しました?」 近くから声を掛けられ、ナタルはすぐにそちらを振り返った。見ると、同僚のチャンドラが軽く手をあげている。どうやら一人らしい。その横が空いていたので、了解を得て椅子を引いた。 「喧嘩をするのはもう疲れたよ。今日は単に忘れたんだ」 「そうですか。あ、AランチよりBの方がお勧めですよ」 「?」 チャンドラは己のトレィを指して囁いた。 「今日の八宝菜はいただけない」 「…じゃあ忠告に従ってBランチにしよう」 微笑みを残し、ナタルは昼食を取りに行った。カウンタ内では、忙しなくバイトの三人が盛り付けをしている。何故かその横で、一人項垂れている大人が一人。割烹着と三角巾で一瞬気付かなかったが、それはナタルも良く知る、元・理事長だった。 「あんたが作るって引かないから任せたのによぉ」「最悪八宝菜!」「…こんなの出してもいいの?」 そんな会話が聞こえてくる。 「あー…すまない、Bランチ頼む」 会話の途切れるのを待ってナタルが注文をすると、すぐに金髪の少年が反応し、後ろに「B一つ!」と伝令した。それを受けて緑髪少年がご飯を盛り、受け取った赤髪少年が何故か「必殺!」と言いながらチンジャオロースを脇に盛り付ける。 「はい、Bランチお待ちー」 金髪少年からトレィを受け取ったナタルは、元・理事長を一瞥し―――結局声はかけずにチャンドラの横へと戻った。 「あぁやっぱり、そっちの方が美味しそう」 ナタルが置いたトレィを見たチャンドラが、無念そうに呟いた。 「今日の八宝菜は、アレが作ったようだな」 「アレ?」 「アズラエル元理事長様さ」 「あ〜…あぁ、成る程…こりゃ貧乏籤だ」 まあ仕方ない、と一人ごちながら、チャンドラは昼食を再開する。ナタルも箸を進めながら、マナー違反にならない程度に会話をする。 「そういえば、この間」 「ん?見合いの話ですか?」 「あぁ―――今度な、する事にした」 「へえ?そりゃまたどう言う風の吹き回しですか」 「どうというのでもないんだが…まあ、食わず嫌いはいけないというか、一つもしないうちから強情はるのもなんだと思って…もちろん断るつもりだが」 「まあまあ、それは会ってから決めてあげてくださいよ。相手の男にだって色々あるんでしょうから」 「どうだかな」 妙に大盛りだと思ったのはナタルの錯覚ではなかったらしい―――持て余したチンジャオロース―――「ありがた迷惑と言っては悪いかな」と呟くナタルに、チャンドラは朗らかに笑い…「素直にサービスだと思いましょうよ」と言った。ついでに、「口直しに」とフォローをして余ったBランチをチャンドラが綺麗に片付けてくれたのだった。 重要書類を抱えてナタルがとあるセクションに足を運ぶと、その部屋は相変らずの活気に溢れていた。 目的の人物へ近寄ると、当人すなわちノイマンは、真剣な顔つきでパソコンモニタを見つめている。マウスに添えられた手は、時折クリックの動作をしているようだった。 そう、彼はやる時はこれ以上ないと言う程熱心に仕事なり勉強なりをする人間なのだ…ナタルはそんな感慨に耽りながらそうっと斜め後ろに立った。 「・・・・・っ」 てっきり…仕事をしているのかと思いきや。瞬間的に引き攣る頬を、ナタルは抑えられなかった。 大型モニタいっぱいに開かれているウィンドゥには、ナタルも良く知る人物の写真が所狭しと並んでいる。 ブースの仕切りを軽く叩くと、すぐ傍まで来ても気付く様子もなかったノイマンがはっと顔を上げた。 「あれ、バジルール先輩」 「これ、昨日の書類だ」 「あぁ、どうもわざわざ。社長秘書殿にご足労いただきまして」 「お前の口から聞くとどうして慇懃無礼に聴こえるんだろうな」 「聞き手の問題でしょう」 しゃあしゃあと言うノイマンに、ナタルは肩を竦めた。ちなみに明らかに仕事とは関係無さそうなウィンドゥを隠そうともしない。モニタの中で照れくさそうに笑っていたり、映された本人は気づいていなさそうなショット満載の…ジャッキー・トノムラを横目で見つつ、 「ところでそれは何だ」 「何って…どれもナイスショットだろ」 「そうじゃなくて、意図と用途を聞いてるんだ」 「マイジャッキーフォルダ。休憩がてらこう、眺めてだな…癒しをね、享受するわけ」 「・・・・・。どう控えめに見ても、お前にしか効力はなさそうな休憩方法だな」 「そうかな?効き目抜群だぜ」 はてさて、自分の知っているノイマンという人間は、こんな性格だったろうか…いや、人とは変わるものだ。妻への愛の余り、多少(というには些か度が過ぎているように思えるが)破綻してしまう事も…無きにしも非ず、無いとは言い切れない…? ナタルは頭痛を覚える前に、自分の方から何かを切り捨てるべく、話題を変えた。 「今度見合いをする事になったんだ」 「へえ、見合い―――え?」 会話の流れそのままに頷いたノイマンだったが、遅れてやってきた理解に固まり、まじまじとナタルを凝視した。 「…随分話が飛んだなぁ」 「お前を驚かすにはコレくらいしないとな」 「そんなにひねくれるなよ…で、何、本気?」 「見合いをするという話自体は嘘じゃない。乗り気でもないがな」 「ふぅん…ナタルにも春が来るのを祈ってるよ」 「お前にだけは言われたくない!―――さて、戻るよ。妻バカも程ほどにな」 「書類と一緒に見合い報告とは…」 手渡した封筒を開きつつ笑っているノイマンに背を向け、ナタルは来た道を辿った。 秘書室へと通じるエレベータに乗り込み、雑音がシャットアウトされる。 「・・・私にも、ね…お前も大概残酷だ、アーニィ」 最初で最後かもしれなかったその『春』を、もう既に自分は手放してしまったと言うのに。 エレベータの扉が開く直前、ナタルは一際大きな溜め息に、プライベートな感情を乗せきろうと尽力した―――。 日曜日。 「本日はお日柄も良く…」まるでドラマの撮影でもしているのかと思うような、良く知っている聞き馴染みのない言葉が微かに聴こえる。 とあるホテルの一角で、ナタルは帯で引き締められて悲鳴を上げる内臓を宥めながらじっと耐えていた。 かなり離れたテーブルでもう一組が見合いの真っ最中らしい。距離は充分にとってあるが、何せ辺りが静かなので―――途切れ途切れながら向こうの会話が聴こえてくる。こちらのテーブルがほぼ無音な所為もあろう。 隣では同じく着物を着込んだ母が時々首を巡らせ、相手方の到着を待ちわびている。まだ約束の時間ではないし、そもそも自分たちが早く来過ぎなのだが―――母親とはそういうものなのだろう。 色々と自分に言い聞かせてきたナタルだったが、ここにきて最大の後悔は、この、長時間に渡る着物による拘束、だった。 朝早くから着付けをしたため、満足に食事も摂れていない。 いい加減、もう結果はどうでも良いから帯を解いて楽になりたい―――切実にナタルが願い始めた頃。 「すみません、お待たせしたようで…」 待ち人来たり、だ。 一体どんな人が、とは、その時のナタルは思わなかった。ひたすら「これで解放まで一歩近付いた」としか考えが至らなかったのである。 「いいえ、こちらが早く来たものですから…」 母親が決まり文句で迎え、ナタルを促した。 「初めまして―――」 顔を上げたナタルは、辛うじて挨拶を述べ、絶句した。 目の前でにこやかに会釈を返してきたのは――― 「ちゃ、」 驚愕そのままに相手を呼ぼうとしたナタルだったが、一瞬早く相手が手先でジェスチュアをした―――「内緒で」。 「まあナタル、そんな挨拶がありますか…申し訳ありませんチャンドラさん」 「いえ、お気になさらず」 「ナタルったら、どうしたのですか、妙な顔をして…」 「あ、その…すみません、」 動揺の収まらないナタルは、明らかに不審だったのだが…不思議と落ち着いたまま動じないチャンドラに感化され、ようやく平静を取り戻す。 「今回のお話、偶然とは言え、何か必然を感じますのよ…まったく関係のないところで縁があったと思ったら、二人とも同じ大学で同じ会社だったなんて」 あれだけ渋っていた娘がようやく折れた喜びか、それとも相手の家が相当のものなのか…母親は至極上機嫌で、つらつらと話を続ける。 「会社内ではお会いした事なかったの、ナタル?」 「え、ええと…ええ、まあ…」 「実は、私は存じておりましたよバジルールさん。有能な美人秘書がいると、社員の間ではよく噂になってますから」 「あらあらまあ、ドジやミスばっかりが流言してるのではなくて?」 「そんな事はありませんよ」 「チャンドラさんは大学時代留学のご経験がおありとか」 「ええ、一年ですけど」 「やはり、国外を知ると言うのは大きな経験なのでしょうね」 「その機会に恵まれたのは、僥倖と思ってます」 「お父上は主に国外で手腕を発揮されてるとか…貴方はあとを継ぐのではありませんか?」 「先の事は分かりませんが…大学を出てすぐに身内の会社に入ると、何かと甘えてしまうと思いまして…今しばらくは今の会社で精進していくつもりです」 「そうですの…若いのにきちんと先の事を考えてらっしゃる」 「いえ、そんな…」 ナタルとしては「知り合い」の素振りを微塵も出さないチャンドラの本心が読めず、おまけに母親が捲くし立てるように延々と喋っているので、ほとんど何も話せないままだった。 必要な事は母親が話しきった―――と判断したのか、それまでまるで無言だった父親が口を開いたのは、数十分後だった。 「そろそろ二人で話す時間にしようじゃないか」 「あら、そうですわね…それでは、失礼しますわチャンドラさん」 「それじゃあミス・バジルール、少し外の風に当たりに行きませんか」 両親の目が完全に離れたと確認し、ナタルはようやく息をついた。 「はぁ〜・・・」 「その溜め息はこれで見合いが終るっていう安堵ですか、着物の締め付けですか?」 冗談口調に変わったチャンドラに、ナタルはちらと横を見た。 「…よもや、お前が相手だったとは…」 「―――見合い相手のプロフィール位は把握しておきましょうよ、先輩」 「いや、目を通したつもりだったんだが…上の空だったようだ」 「自己申告されちゃあ、責められませんねえ」 はは、と青空に向かって笑うチャンドラ。 その横顔を見つつ、ナタルはずっと聞きたかった問いをやっと発した。 「何で、元々知り合いだって事を隠したんだ?」 「その方が、断るのに面倒がないでしょう?」 「・・・?」 「ですから―――先に知り合いだって御両親に知られたら、断る文句考えるのにまた一苦労しそうでしょう?初対面だってことにしておけば、フィーリングが合わないって一蹴できる、」 「・・・・・」 つまり―――ナタルが断るつもりで見合いに望んでいることを知っていたからこそ、チャンドラはそうし易いように手回しした、という事だろうか。 「…お前は、相手が私だって知って…たんだよな」 「そりゃもちろん。名前聞いてあれって思って、プロフィール読んで確信、です」 「ならなんで先に…会社で会ったときに言わなかった」 「先輩の見合い相手は俺ですよ、なんて言って…今日普通に来れました?」 「う―――いや…」 「でしょう」 ホテルの中庭に造られた庭園は、実に手入れが行き届いている。濁りの一片も見えない清流、綻び一つない造園、形の整った玉砂利…。 「…お前も、見合いの話が多くてうざったい、と言ってたな」 「言いましたね」 「今日ので何度目だ?」 ナタルとしては純粋な好奇心で聞いたのだが、答えはなかなか帰ってこない。気になってナタルが振り返ると、ちょうどチャンドラも振り返ったところで―――目が合う。トレードマークの色眼鏡の奥で、眼差しが和らぐ。 「初めてですよ」 「え?」 「今回が、初めて。相手が先輩じゃなけりゃ、また何だかんだ言って断ってたでしょうね」 「…でも、私が…」 「もちろん断られるの承知の上ですよ。でも…先輩相手なら、見合いだけでも経験させてもらうの、いいかなって。実際こうして貴重な着物姿も拝見できたし」 意外や意外―――な言葉に、ナタルはぱちぱちと瞬きをした。 「それにしては…場慣れしてたように見えたが」 「ご冗談を。すっごい緊張でがちがちでしたよ」 「嘘つくならもっとうまくつけ」 「うーん、なら才能かなぁ」 詐欺師とかできるかも、などと言うチャンドラに、ナタルは釣られて―――笑った。 「お前が結婚詐欺師になったら、あっさり引っかかってしまいそうだ」 「本当ですか?」 「あぁ、」 「じゃあ、今回引っかかってくれますか?」 口調はあくまで冗談の延長さを残していたので…ナタルは返答も笑いに代えようとして、はっと口を閉ざした。―――相手の眼差しは、真剣だったから。 普段会社で見るよりは上等とは言え、スーツには変わりない。 かけている色眼鏡も、同じもの。 ―――なのに、全然違う。 男の視線にたじろいだナタルを認めたのか、不意にチャンドラはいつもの笑みに戻った。 「なんてね、冗談ですけど…でも、個人的には縁を信じたいな〜なんて」 「縁…」 「ええ。俺ね、情熱的な恋とか、苦手っていうか…どうも性に合わないみたいで。第三者の話聞く分には、羨ましく思う事もあるんですけど。ただ自分の事となると話は別みたいで」 「…誰かの事を言ってるみたいだな」 「多分同じ人の事考えてますね」 ナタルの脳裏には、羽目を外し気味な愛を発散させている知己の顔がよぎる。 「私は―――私は、最初からよく分からないんだ」 「最初…ですか」 「片想いをしたような気もするが、今になってみるとあれがそうだったのか分からなかったり…恋に憧れてる内に、いつの間にやらこんな歳だ」 「まだ若いじゃないですか」 「―――初恋を覚えるには遅い、だろう?」 苦い笑みに、さすがのチャンドラも口篭る。 「その辺母親にまで指摘されて、半ば自棄だったんだ、実は。―――すまない、こんな話…」 「いいえ、全部聞きたいですよ。―――ナタルさんが話してくれるなら」 「…お前も大概物好きだな」 「良く言われます」 「お前っ!」 軽くチャンドラの腕を叩いたナタルは、そのまま破顔した。 「―――で、見合いしてみて…後悔してます?」 「うーん…いや、どうだろう…何せお前が相手とあっては…」 なにやら茶番めいた感じすら覚えるナタルである。 「とりあえず、即決で『今回のお話はなかった事に』とは言われずに済むんですかね、俺?」 笑顔の中にほんの少し不安を滲ませて。 窺うように見つめてくるチャンドラから、ナタルは視線を逸らした。 「…あの、断る時はすっぱり言ってくれた方が、男としても助かるんですが」 「そ、そうじゃなくて」 普段より美白二倍増しなファンデーション―――それを超えてすら、頬が赤くなっているのではないか…。 「見合いなんて初めてだから、断るにしても、その、…りょ、了承するにしても、どう言っていいか分からなくて…あぁ、だから、その―――つまり…」 「―――先輩、意外なトコで口下手なんですねえ…」 「わ、悪かったな!」 「悪くはないですよ、可愛気あってむしろOK?」 「は?」 「とりあえずここは俺から選択肢を出しますよ。―――今度の休みでも、食事行きません?」 高層ビルの谷間に、燦々と陽光が降ってくる。 こんな都会のど真ん中だと言うのに、造り物の自然だと言うのに、どこからか鳥の声がする。 「お試し恋愛からだって、付き合いますから。あ、そうだ、とりあえず今回の見合いが成功って事にしとけば、御両親が次の見合い持ってくる事もなくなるでしょうし。ね?」 「―――次の休みの前に、今日は朝からまともに食事をしてないんだ」 そっぽを向いたまま、ようやく返ってきた答えは―――一見見当外れで。 しかしチャンドラは、今日一番の嬉しさを湛えた笑顔を浮かべた。 「最近パスタの美味い店見つけたんですよ。この後いかがです?」 いきなり花咲く春じゃないかもしれない。 でも、片隅でそうっと芽吹く、名も無き花の様な、 そんな季節に則るのも―――悪くないんじゃないか。 華やかに咲き誇る大輪でなくともいい。 小さな花一つ開かせる程度の日光があって、 それに目を留めてくれる人がいる…佇んで静かに愛でてくれる。 ―――そんな予感が、した。 ナタル女史の末永い幸せを追求した結果、PSADではチャンナタです。ノイトノ・ムウマリュと並んで三本目の柱ですが、ここが一番普通に幸せカップル(笑)。とにかくチャンドラはジェントルで!! それにしても書きながらこれ程むずむずした話はありませんでした…痒い! 2005/3/25 雪里 |