じゃっきーとふしぎのくに



5 びゅびゅーん、とんとん



 その岩山は、いつも風がびゅうびゅうと吹いているところでした。
 登っているときも、勾配の関係で下り坂のときも、細い道でも太い道でも、とにかく風が吹いていて、必要以上に体力を消耗するようです。
 そして、太い道ならいいのですが、細くて崖っぷちなんて通るときは、とっても怖い思いをしなくてはなりません。ちょっと油断すると風で体がふらついて、落ちそうになってしまいます。
 ジャッキーとレイは、危ないと思ったら無理をせず立ち止まり、二人でしっかりと抱えあって、風の危険が去ったらまた歩き出す…というふうにして、ちょっとずつ山道を進んでいました。

 上へと登るにつれて、いっそう辺りの景色は荒れていくようです。登山口付近にはまだ草も生えていたのですが、気がつけば、周囲は岩肌ばかり。おまけに強い風が吹くと、もっと上の方から小石が降ってきたりもして、本当に心臓がぎゅっとなる場面がいっぱいです。

 「ねえ、れい…じゃっきー、つかえたった…」
 「僕もつかれたよ…でも頂上まではまだまだみたいだよ」
 「う〜…てっぺんまでいったや、なにがあゆのかな?」
 「どうだろう?山の向こうがわに、おりる道があるのかな」
 「んー…じゃあ、やまのてっぺんまでいっても、じゃっきーたちかええないの?」
 「え?…さあ…。頂上に何かあるのかな。それとも誰かいるとか…」

 何となく二人とも、「この山を登れば」と思っていたのは事実です。でも、クルーゼさんや誰も、山を登れば終わり、とは言っていません。この山だって道のりの途中なだけかもしれません。
 考えても答えがでるはずもなく、とにかく二人はひたすら山を登るだけです。

 少しだけお休みして、二人はまた頑張って歩き出しました。



 どれくらい登ったのでしょうか。
 子どもの足では、例え数時間も歩いたとして、何千メートルも進むわけはありません。しかし、ふと崖から下を覗き込むと、大地は遥か彼方―――どころか、霧か雲がかかっていて、地面など見えやしません。それくらい高いところまで来ていたのです。
 身を乗り出したジャッキーのつま先から、崩れた岩が小石となって、崖をコロコロ落下していきました。レイの方が驚いて、ジャッキーの腕を引っ張りました。
 胸を撫で下ろした二人の背後から、いきなり声がしました。
 「珍しいね、おちびさん達」
 ぱっと振り返ると、鮮やかなオレンジ色が目に入りました。
 「だぁれ?」
 オレンジ色―――は、その人の髪の毛でした。身を屈めていたので、頭しかジャッキーの視界に入らなかったのです。
 二人の後ろにしゃがんでいたその人はすっと立ち上がり、妙に堂々とした姿勢で胸をそらせました。
 「俺?俺はハイネってんだ。お前らは?」
 「じゃっきーはね、じゃっきーだよ」
 「レイです」
 「ほーう。んで、ジャッキーとレイは、こんな寂しい山の、こんな高いところまでやってきて、何なんだ?」
 確かにさっきまでは、近くに誰もいなかったはずなのですが…ハイネと名乗ったお兄さんは、有無を言わせぬ雰囲気で、ジャッキーたちに問い掛けます。
 「じゃっきーたちね、おうちかえいたいの」
 「おうちぃ?」
 「あーくえんじぇゆと……れいは、どこだっけ?」
 「僕はミネルバに帰りたいんだ」
 「アークエンジェルとミネルバ。どっかで聞いたようなないような…ま、いっか。しかしなぁ…」
 ハイネは頷いたり首を傾げたりしつつ、終いに唸りました。
 「この先はヤバいぜ?お前らみたいなちみっこが行けるとは思わんがなあ…よし、俺がついてってやろう」
 「?」
 「そうと決まったら進む進む!」
 「う、うん」
 ハイネに背中を押されて、二人は登山道に戻ります。



 ハイネはとってもにぎやかなお兄さんでした。ジャッキーやレイに色々聞いては、答えが返ってこないうちに一人で勝手に納得してたりします。
 ジャッキーだってハイネに色々聞いてみたいなぁと思いましたが、とても口を挟む余地がありません。


 「おっ、ここだここ」
 そう言ってハイネが立ち止まったのは―――黄色い煉瓦の道が、途切れているところでした。
 がけ崩れでもおきたのか、向こう側に続く黄色は見えますが、途中で地面ごとなくなっているのです。
 途切れている部分は、とてもジャンプでは届きそうにありません。それに落っこちたら、一体どこまで落ちてしまうのか見当もつかないほど、崩れた部分は急な斜面になっています。
 「な、言ったろ?ちみっこじゃ無理だって」
 「…どうしよう…」
 「他の道はないんですか?」
 「残念だが、この山の頂上に行くには、このルートだけだ。ところが、こないだ崩落しちまってな。まあ滅多に登ってくるやつなんていないし、まあいっかって放っておくつもりだったんだが…」
 「よくないよぅ!」
 「僕たち、先に進みたいんです」
 二人がそれぞれじたばたすると、ハイネは「分かってる」と言いたげに手をひらひらと振りました。
 「人の話は最後まで聞きなさいっての。―――放っておくつもりだったんだが、こうして登山者が現れた。ってことは、俺は俺なりに何とかせにゃならん、つーことだ」
 ハイネの説明はジャッキーにはよく分かりませんでしたが、とにかく今頼れるのはこのお兄さんだけです。
 「おにーしゃん、なんとかしてくえゆの?」
 「あぁ、お前ら、向こう側に行きたいんだろ?」
 「うん!」
 「俺なら、二人とも向こう側に連れてってやれるぜ」
 「ほんと!?」
 「たーだーし。なぞなぞに答えられたらな」
 「なじょなじょ!」
 「…また、問題?」
 森の中で三人組になぞなぞを出されたことを思い出しますね。
 ハイネは皮肉めいた表情で肩をすくめました。
 「ま、ここはそういうとこなんだ、諦めな。俺が出すなぞなぞに正解できれば、向こう側に渡してやる。ここを通れば、あとは頂上まで少しだぜ―――やるか?」
 もちろん、二人に否やはありません。力強く頷く子どもたちを見るハイネの眼差しは、何故か羨ましそうでした。


 「朝は四本、昼は二本、夜には三本。

 ―――さあ、何だ?」


 「???」
 「物?人?」

 またしても最初はさっぱり分からないまま、二人は考え出しました。
 
 なにが、ほん、なのかなあ?
 本ていうんだから、棒みたいなのだよね
 いっぽん、にほん…あ、しょっか。えっとぉ、あしゃは…
 よん、に、さん…いったい何だろう?

 うんうん考えるレイは、体まで揺れています。
 その内ずいぶんと前かがみになり、着ているジャケットの胸ポケットから何かが転がりました。
 「あ、ビー玉!」
 ジャッキーにもらった大事なビー玉。レイは慌ててそれを追いかけて、手を地面について片手を伸ばしました。
 それを見ていたジャッキーは、何気なく言いました。
 「はいはいは、あかちゃんがしゅゆんだよ、れい」
 「え?あ―――…え?ジャッキー、もう一回言ってみて」
 「ん?はいはい?」
 「誰がするって?」
 「はいはいはね、あかちゃんがしゅゆんだよって、のいまんしゃんがいってたよ?」
 「赤ちゃんがはいはいをしたら…手が二本と足が二本、ついてるから…四本、」

 「そっちのちみっこは分かったみたいだな。答え、言ってみな」
 「うん。―――にんげん」
 「よっし、正解!」
 「えー?なんで?」
 「ジャッキーが言ったとおりだよ。赤ちゃんははいはいをするよね」
 「うん」
 「そして、人間は、大きくなったら二本の足だけで歩く。そして、もっと歳をとったら、杖をついたりするでしょ。怪我をしてもかな。それで、三本」
 「―――えっとぉ……わぁ、れい、しゅごーい!」
 ジャッキーは、時々遊んでくれる『虎さん』を思い出しました。あの人は大人で、でも怪我をしたので杖をつかないと歩けない、と言っていました。


 「おにーしゃん、ここ、むこうにつえてってくえゆ?」
 「あぁ、もちろんだ。一人ずつだけどな」
 そう言ってハイネは、おもむろにレイを小脇に抱え、崩れた道の端から向こう側まで、大きなジャンプをしました。
 びっくりして目を丸くしていると、レイを向こう側の地面に下ろして、またジャンプしてこちらに戻ってきました。そして今度はジャッキーを抱え、ひとっとび。
 「しゅごーい!!おにーしゃん、こんなにとべゆんだ!」
 「はは、まあ、そういうとこだからな。―――本当なら、この道を過ぎたところで俺がさも厳かに現れてだな、怯え慄く旅人に向けて、正解を言えなければ―――
 「じゃっきーがじゃんぷしても、こんなにとべないもん!しゅごいなあ…ねえ、じゃっきーもおっきくなったや、とべゆ?」
 「あ、あぁ…そうだな、飛べるんじゃないか」
 ハイネは何か言いかけていたようですが、ジャッキーは聞いちゃいません。大ジャンプにはしゃいで、レイと一緒にその場で何度も飛んだり跳ねたりしています。
 やれやれ、とハイネが頭をかいて。
 「ほれ、頂上まで行くんだろ。さっさと進みな」
 「あ、しょうだ!おにーしゃん、あいがとう!」
 「ありがとうございました」
 「・・・おう。」
 そこから先へは、ついて来てはくれないようです。岩肌に寄りかかって腕を組んでいるハイネに手を振って、二人は―――頂上まであと少し、歩き出しました。





 見上げても見上げても岩ばかり―――という光景が次第に変わり、段々空が大きくなってきました。その分、吹き付ける風ももっと強くなっています。
 びゅうびゅうと体全体に当たる風に耐えながら、二人はようやく―――頂上に辿り着きました。
 山のてっぺんは平らになっていて、何本か岩の柱が建っています。その間を強い風が吹き抜けるので、奇妙に甲高い音が鳴っています。
 ひょう、ひょう、という、鳥の鳴声のようにも聴こえます。
 「てっぺん、ちゅいたけど…」
 「…誰もいないね。それに…道は、ここで最後みたいだよ。もう黄色い煉瓦がないもの」
 平らな地面をぐるりと回って確認したレイが、困った顔をしました。
 「よんだや、くゆかな?」
 「誰が?」
 「だえか」
 「・・・・・」
 道は、今しがた自分たちがやってきた煉瓦道しかなく、この平らな頂上から先に続く道もなく―――それでどうやって、誰かが来るのか…レイが疑問に思いましたが、それを言葉にする前に、ジャッキーがすぅっと息を吸いました。

 「じゃっきー、あーくえんじぇゆにかえいたいのー!…えと、あと、れいも…じゃっきーとれい、かえしてくだしゃい!」



 ―――ジャッキーの懇親の大声は、ひょうひょうと鳴る風に乗って、しらばく辺りをさまよっていました。
 そして、余韻すら消えようとした時―――



 「何故こんなところにいる、人間の子ども。ここは、お前たちの来るような場所ではないぞ」



 二人が辺りを見回しても、誰もいません。
 「人間には見えぬだろうよ。だが私はここにいる。―――今一度問おう、人間の子どもよ。何故、こんなところにいる」
 相変わらずジャッキーとレイ以外は、岩ばかりの山頂と、風の音だけ。それでも、現れた新たな声は、幻聴などではなく、二人の耳に届いています。
 「あ、あのぅ…」
 「…クルーゼさんが、教えてくれました。僕たちが、帰りたいところへ帰るには、れんがの道を歩いて行けって。それで、ずっと歩いてきました。そうしたら、ここに着いて…この先は道がありません。だから…」
 レイが一生懸命説明しましたが、それっきり応えがありません。ただ、柱の間を吹き抜ける風が、音を立てているばかり。
 「あの、」
 もう一度レイが話そうとすると、
 「なるほど。―――お前たち、西のに巻き込まれたのだな。あれはそそっかしいからな…先日も手前勝手な判断で大慌てをして、余計なものを運んできてしまった。お前たちもそうやってきたのだろう?」
 「…どうして来たのかはわからないけど、帰りたいんです」
 「ふむ・・・わかった。私が帰してやろう。お前たちがそれぞれ、帰りたいところを強く念じていろ。そうしたら、そこへ行けるだろう」
 「あーくえんじぇゆにかえしてくえゆ?」
 「そこを、お前が強く想うのならば」
 「・・・?」
 「私が運んでやる、その間、帰りたい場所を一生懸命考えていろ、ということだ」
 「うん、わかった」
 「ならば、―――行くぞ」


 ごう、っとひときわ大きな風が渦を巻きました。
 岩の柱でさえもビリビリとして、細かい砂に削られていきます。
 ジャッキーの傘と、レイのケープがその風をはらんで、大きくはためきます。
 「わっ、」
 「うわぁ!」
 見る間に体は浮き上がって、体全体が宙に浮き上がりました。
 「やーん!」
 「じゃ、ジャッキー!」
 「れーい!」
 くるくるくる・・・二人が手を伸ばすも届かず、離れ離れのまま―――二人とも、目を回してしまいました。


 すぐに目を回してしまった二人は気づきませんでしたが、二人を乗せた風は、これまで煉瓦の道を辿ってきた方向を、逆へ―――飛んでいきました。
 その風が通り抜けると余すところなく、あらゆるものが揺さぶられます。
 庭先で花壇に種をまいていたクルーゼさんは、一瞬くるりと周囲を回った風に目を向け、ふっと笑いました。
 「おやおや・・・残念だな。せっかく、住人が増えると思ったのだが」
 「例えこの世界といえども、お前の思う通りにはならぬさ」
 ざわざわとクルーゼさんの髪の毛を乱して、風はまた走り抜けていきました。
 庭でだけ旋毛を巻いたせいで巻き込まれ、地面に落とされた蝶々を手の平に乗せて起こしてやると、クルーゼさんは西の空を見つめ続けていました…










 「―――ジャッキーじゃないか!」
 「・・・ふえ?」

 大声で呼ばれ、ジャッキーは目を覚ましました。
 いったいいつの間に眠っていたのかしら?
 わけがわからずに、とりあえず起き上がったジャッキーは、近くでずり落ちたメガネもそのままに口をぽかんと開けている、チャンドラさんを見つけました。
 「ちゃんにーたん!・・・じゃっきー、かえってこえたー?」
 きょろきょろと辺りを見回すと、そこは…見覚えのある、アークエンジェルの甲板でした。どこかの港に停泊しているのでしょうか、カモメが数羽、手すりに留まっています。きれいに晴れた青空が、いっぱいに広がっています。
 「甲板に誰かいるっていうから、見にきたら…ジャッキー、一体何だってこんなとこに…いや、一晩もどこに隠れてたんだ?まさかずっとここにいたんじゃないだろう?」
 「・・・?じゃっきー、あーくえんじぇゆじゃないとこに、いたんだよ。そえで、あーくえんじぇゆにかえゆのに、いっぱいあゆいて…あ!れいは?れいどこー?」
 「まさか誘拐でもされてて、そのショックで記憶が…?と、とにかくみんなに知らせないと!」
 チャンドラさんはジャッキーを抱え上げ、走って艦内に入りました。



 ―――ジャッキーを確認したノイマンさんが、さあ、どのくらい喜んだかって?それはもう、言葉にできないくらいです。
 泣きながらジャッキーのことを思い切り抱き締めたので、さすがのジャッキーも苦しくなって暴れたほどです。マリューさんに「見苦しいからまず鼻をかみなさい」と言われたノイマンさんがジャッキーを離すまで、優に30分はかかったでしょうか。

 ノイマンさんやチャンドラさん、マリューさん…みんなジャッキーに向かって、色んなことを聞きました。
 嵐の中飛ばされて、どこに行っていたのか?
 どうやって戻ってきたのか?
 ―――ジャッキーは、一生懸命体験したことを話したのですが、どうしても大人の人に通じません。
 それじゃあ、一体そのレイという子はどこにいるんだい?
 逆に聞かれて、ジャッキーこそ首を傾げざるをえません。風に飛ばされた時に手をつなげなかったから、別々の場所に連れて行かれてしまったのでしょうか。それとも、レイはレイで、帰りたい場所にちゃんと帰っているのでしょうか。
 ジャッキーはレイのことが気になって気になって仕方ありませんでしたが、それでもやっぱり、大好きなノイマンさんやみんなのところに戻って来れたので…終いには安心して、泣き出してしまいました。


 ノイマンさんたちは、ジャッキーが「一晩も行方知れずだった」と言っていました。でもジャッキーがあの不思議な世界をさまよっている間、一度も夜は訪れていません。ずっと明るく、いいお天気でした。眠くもならなかったし、ちょっと疲れてはいるけれど、元気です。
 部屋で食事をとっていいと言われたので、ノイマンさんが食堂に行っている間、ジャッキーはぬいぐるみに向かって話しかけました。
 「ねえ、じゃっきー、ゆめみてたんじゃないよね?のいまんしゃんは、じゃっきーがずうっとゆめみてたんだよっていうんだけど、じゃっきーちゃんとおっきしてたもん…おはなしゃんとおしゃべいしたし、おっきなみじゅうみもおふねにのったし、もいのなかですてあちゃんたちとなじょなじょしたし・・・」
 念願の、ジャッキーと同じくらいのお友達ができたこと―――それが単なる夢だったおは思いたくないし、思えません。
 だって、
 ―――ポケットにはビー玉がないもの。
 一つはシンに、もう一つはレイにあげたから。
 「びゅーん、ってとんでって、かえゆのもかぜしゃんがびゅーんってじゃっきーのこと、のせてくえたんだって、おもうんだけどなあ…」
 ちらりと、部屋の隅に置いた傘を見ます。チャンドラさんが甲板でジャッキーを発見したとき、ちゃんと傘も傍にありました。
 「へんなの・・・」
 黒い犬のぬいぐるみを、ぎゅうっと抱き締めて、ジャッキーは途方に暮れたように部屋の天上を見上げました。



 「そうそう、ジャッキー。ごたごたしてしまったけど、今度こそお客さんがくるそうだ」
 「おきゃくしゃん?」
 「ああ。ほら、お前が行方不明になる直前、ずっと待ってただろう。おんなじくらいの子どもが来るって言うから、楽しみにしてたじゃないか」
 「あー…うん」
 「…どうした、あんまり嬉しそうじゃないな?」
 「う、ううん。しょんなことないよ」
 確かにお友達になれるかもしれない子がくるのは歓迎ですが、ジャッキーはすでに、レイと仲良くなっていたので、前ほど気乗りがしません。
 でも今は、レイの姿は近くにありません。ノイマンさんたちは誰も知らないと言っています。
 ノイマンさんが持ってきてくれたトレイに手をつけながら、ジャッキーはレイのことばかり思い出していました…。





 数日後、アークエンジェルにお客さんがやってきました。
 嵐のせいで延期になっていた、ようやくの実現です。
 艦長のマリューさん自らタラップを降りて出迎え、挨拶をして、和やかなムードで一行はアークエンジェル艦内へ入ってきました。
 ジャッキーは、ノイマンさんが良いというまでお部屋にいるようにと言われていたので、ちょっとそわそわしながら待っていました。
 しばらくして通信が入って、ジャッキーはノイマンさんと一緒にブリッジに向かいました。


 ブリッジには、見慣れた人たちのほか、何人かの大人と一人の子どもがいました。
 長い黒髪の男性が振り返り、にっこりとジャッキーに笑いかけました。
 「ジャッキー君かな?初めまして」
 「こんにちは」
 「私はギルバートだ。ぜひ、この子と仲良くしてやってくれたまえ。少しばかりシャイなんだが…ほら、」
 そう言って、足元の子どもの背を押し、ジャッキーに向かい合わせました。


 大人たちは、二人の子どもが、初対面故に照れて何も言えないのだと、思いました。
 ところが、本当のところは、そうではありません。
 ジャッキーの前にはレイが、
 レイの前にはジャッキーが、
 いたんですから。
 ぱちぱちと瞬きばかりするジャッキーに、レイの方が先に我に返り、何やらごそごそと上着の胸ポケットを探りました。
 「あっ・・・そえ、じゃっきーがあげたの、」
 「うん。…やっぱり、ジャッキーなんだね」
 「じゃっきーのゆめじゃなかった!」


 「―――どういうことかな?」
 「さあ…どこかで知り合っていたんでしょうか?」
 「そんなはずは…」
 ギルバートさんやノイマンさん、マリューさん、みんな不思議そうに子ども二人を見守っています。

 「ジャッキー、一体いつ、レイ君と友達になってたんだ?」
 「のいまんしゃんてば、じゃっきー、だかやいったでしょー!かぜしゃんにびゅーんてとばさえて、そえで…」

 「レイ、どういうことなんだ?」
 「だから、前に言ったとおりだよギル。テラスから落ちちゃって、風にさらわれてしまって…」

 それぞれの子どもと保護者が似たような会話をしている傍ら、マリューさんはなんだかおかしくなってきて、ぷっと吹き出しました。
 「どうしました艦長」
 「いえ、だって…大人よりも、よっぽど子どもたちの方が通じ合ってるなあ、って。理由なんてどうでもいいんじゃないかしら、実際こうやって、仲が良いみたいなんだから」
 「ま、そう言ってしまえばそれまでですが…はあ、大人ってのは難儀ですね。理由がないと納得できない」
 「そうね―――特に、保護者サンはそうみたいね」

 子どもの言い分を理解しようとしても、ちんぷんかんぷんにしか思えない―――言うだけ言って、手をつないでブリッジを出て行ってしまったジャッキーとレイを追いかける視線は、ややあって交わり。
 ギルバートさんとノイマンさんは、全く同じ表情で、首を傾げたのでした。










おわり!

 じゃっきーは長くなる法則、健在。いや〜3話くらいかな、と思ってたんですが…すぐにジャッキーとレイを帰しちゃ面白くないな、と思って盛り込んだがために…。
 最後のスフィンクスネタは、ハイネにするかユウナにするか迷ったんですが(笑)「おにーしゃん、しゅごーい!」的にはハイネかな、と。

 2006/5/31 雪里